初めまして
5歳違いの兄妹の母として、
育児中心の毎日を過ごしている
アラフォーの、はなママです。
下の子が幼稚園に入り、
二人の子の母をやりながら、
自宅でも、少しずつ、
好きなことや 勉強をする時間も持てるようになり、
あらためて、何気ない日々、
平凡でも、家族が健康で過ごせることに、
感謝と幸せを感じています。
子供たちと過ごせる日々に感謝して、
私の妊娠時や出産、そして育児の中で、
試行錯誤したこと、悩んだこと、
嬉しかったことなどを、
綴っておきたいなと思うようになりました。
私は、30歳で結婚し、
32歳で上の子を妊娠、出産しました。
一人目は、ちょっと小さめで産まれたのですが、
元気一杯、笑顔がとっても愛くるしい男の子です。
初めての育児は予想外に疲れ、
戸惑うことも多かったのですが、
周囲の手助けも借りながら、
精一杯、手を抜かずに育ててきました。
子供は本当に愛しくて大事な存在。
これからも、愛情や知恵を持って
試行錯誤、子供たちが、
幸せな人生を送れるよう、
その土台を築いてあげられるよう、
見守っていきたいなと願っています。
私の当初の希望としては、
息子に、もし、弟や妹を考えるならば、
二人目もはやめに産んで、
30代の間は家事や育児を心を込めて楽しみ、
40代に入って、少しづつ、
私自身も何らかの仕事を再開したり、
社会での活動も広げていって、
細く長く、生涯、臨機応変に、
元気に働いていきたいな、
そんな気持ちでいました(笑)。
ところがです、
二人目の妊娠が
なかなかスムーズに行きません。
ただでさえ、上の子、乳幼児を抱えていて、
遠出やショッピングなどの回数も減り、
家の周囲で過ごすことが殆どの日々だったのですが、
振り返ると、友人とも腹を割って話せず、
穴倉の中にいたような、
引きこもりがちの数年間を過ごしていました。
正確には、妊娠は有難いことにするのですが、
心拍確認後に、不正出血などで
安静にしていないといけなかったり、
流産してしまう日々が、上の子を出産後、
5年近くも続いたのです。
前期破水で、人工死産したことも・・・。
原因は分からなかったのですが、
私の子宮の環境が良くないのだろうか、
安静入院せずに、家事などで、
つい動き過ぎてしまったのがいけなかったのだろうかと、
随分、自分を責めました。
また、上の子が幼稚園に通っていた際も、
密かに妊娠や流産を繰り返していましたので、
役員などの仕事などを引き受けるにも
責任を取れない気がして、
快くは引き受けられない自分がいまして、
周囲に気を遣ったり、一人、気に病んだり。
また、悪気はないけれど、
「二人目はまだなの?」、
「早く産んだ方がいいよ~」
「一人っ子は、可愛そうだよ」
なんていう、親戚やママ友さん達の
無邪気でおせっかいな言葉に
ちょっと気を悪くすることもあったりですね(笑)。
ハッキリと言いたいことが言えないのって、
ストレスも溜まるんですよね^^;
私自身も、
まだまだ人間が出来ていなかったな~とは思いますが、
心が傷ついたりするたびに、
自分自身は、他人へかける言葉に配慮して、
周囲の人を傷つけないようにしようと思ったり、
どんな時でも、謙虚な気持ちを忘れないようにしようと自戒したり、
そんなこんなで過ごしていたのですが、
やはりまだ30代でしたし、
妊娠でトラぶる以外は、健康で比較的丈夫な体でしたので、
人工死産のような辛い思いをしても、
二人目を産むことも、何となく諦めきれなかったのです。
ずっと気にかかっているような状態でした。
結婚した当初は、
子供はいてもいなくても良いと思っていたくらいなのですが、
いざ産まれてみると、育児は大変だけれど、
こんなに子供の成長って素晴らしいんだな、
子供って可愛いくて楽しいものなんだなと
実感したことも大きかったのです。
そして、甘えん坊でおとなしめの上の子に
弟か妹がもし出来たら、
遊び相手、将来は話し相手が出来ていいだろうな、
家庭内の幅が広がり、賑やかになるだろうな、と。
親の私が諦めたらそれまで、
可能性がある限り、体力が続く限り、
せめて30代の間は、産む性として、
諦めずに、神様にお任せしてみようかなと、
気持ちを前向きに持っていたところ、
38歳で、無事に二人目を自然妊娠、
出産することが出来ました。
その間、
正確には、心拍確認後、
妊娠3ヶ月、10週、12週での流産が2回、
妊娠6ヶ月、20週での前期破水、人工死産の経験が1回、
合計、3回の流産経験があります。
妊娠週数が22週未満の場合に、
妊娠が何らかの理由で途絶えることを流産、
22週以後は、死産と言うそうで、
私の場合は、いずれも22週未満での流産だったのですが、
上の子を産んで、1年半後に妊娠した赤ちゃんは、
妊娠週数19週で、おそらく子宮内感染のために破水してしまい、
このまま妊娠を継続しても、お腹の子は育たないと
医師が判断したため、私自身も、泣く泣く断念しまして、
大学病院で、人工死産の処置を取らざるを得ませんでした。
辛い思い出ですが、
私の唯一の経腟分娩の思い出でもありますし、
同じ様な経験がある方がいらっしゃられたら
シェアできることが、もしかすると、
何か一つでもあるかもしれないとの思いから、
その時の記録も、書いておきたいと思っています。
その人工死産の後、半年ほどして、
3度目の妊娠、この時は、
心拍確認後、12週で流産しました。
妊娠初期に少量の不正出血が何度かあり、
切迫流産の診断。
出来るだけ、安静にしていたのですが、
赤ちゃんの心臓はしっかりとしており、
産婦人科の先生も、
そこまでは深刻に捉えられていなかったように思います。
しかし、妊娠12週で、トイレで大出血してしまったのです。
産院に行くと、赤ちゃんの心臓の音も聞こえませんでした。
進行流産で、赤ちゃん自身の形も崩れてきており、
すぐに手術の手続きとなりました。
とても悲しくて、処置が終わるまでは
茫然と涙にくれていましたが、
私には可愛い長男がいます。
当時、私は35歳。
上の子を大事に可愛がりながらも、
可愛い長男の存在に癒されながらも、
やはり、この子に出来れば弟妹を作ってあげられるよう、
頑張ってみたいなと、徐々に気持ちを切り替えていきました。
そして、流産から10か月ほど経って、4度目の妊娠をしました。
夫も協力的でしたし、妊娠はしやすい体質だったようです。
この4回目の妊娠時も、
やはり、初期に不正出血が少しだけ見られ心配でした。
ピンク色のオリモノが下着に付くような感じです。
この頃は、仕事も完全に辞め、
色んな付き合いなども最小限にとどめ、
余計なストレスは抱えこまないように、
安静に努めていたのですが、
やはり、子宮内に血溜まりが出来ているのが
エコーで見られました。
医師の所見では、絨毛膜血腫とのこと。
絨毛とは、やがて胎盤になっていく組織だそうですが
胎盤が出来る過程で出血することがあり、
それが血腫となり、子宮内に溜まってしまう場合があるそうなのです。
多くの出血は、やがて子宮内に吸収され、
安定期くらいまでには、
血腫も小さくなりなくなってしまうことが多いのだそうですが、
血腫の位置が悪くて胎児を圧迫したり、
出血が止まらず血腫が大きくなると、
細菌感染しやすくなったり、
大出血して流産に至る場合もあるとのこと。
この時も、とにかく、極力安静にして、
子宮内に血腫が吸収されるのを待ちましょう、
との診断で、入院は勧められませんでした。
上の子もいたからだと思います。
しかし、この時の妊娠は、10週目で、
赤ちゃんの心拍がまた止まってしまったのです。
お腹の中で赤ちゃんが死んでしまった自覚症状は
全くありませんでしたので、検診の時に、
先生から暗い顔をしてそのことを聞かされた時は、
かなり動乱してしまいました。
何となくですが、今度こそ大丈夫だと思っていたのです。
無事に産まれたら、5月に産まれてきてくれるはずでした。
週数も今までよりは浅いことから、
先生は、「胎児側に産まれてこれない(遺伝的な)原因があったのかもしれません」と
仰られたのですが、私自身は、これだけ、心拍確認後の流産が度重なりますと、
やはり、母体側、私の子宮の方に、
赤ちゃんが育ちにくい原因があるのではないかと
思わずにはいられませんでした。
抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫疾患がある場合、
全身の血液が固まりやすくなり、
習慣性流産や若年性脳梗塞の原因になることなどがあることも、この頃に知りました。
そこで、不妊治療や不育症の専門病院にて
初めて、精密な血液検査を受けました。
そういうリスクを知らずに再び妊娠するのは怖いなと思ったからです。
その結果、血液凝固因子が、若干高めで疑陽性だけれど、
薬物治療をするかしないかは、本人の意思に任せていいというレベルで、
血液をサラサラに流れやすくする薬を
飲んだ方が安心かもしれないが、必ずしも
飲まなくてはいけないというレベルでもない、という診断でした。
その他には、特に気になる異常は見当たらないようでしたので、
もう一度、二人目の子を授かれるよう自分なりに努力してみようと、
気持ちを新たに持ち直しました。
そうして、5回目の妊娠時は、
これまでよりもいっそう母体の体つくりと安胎に気を付け、
自分なりに、心身の状態をよりよくするよう意識して努めながら妊娠期間を過ごし、
無事に、約2700gの元気一杯の女の子を授かりました。
その、二人目の子も3歳になって、
幼稚園に通うようになりました。
何度も流産したこともありますし、
もともと、家庭を守り、子供が好きなタイプですので、
命の尊さ、子を授かったことの幸せは
人一倍感じています。
健康で産まれてくれるだけ、
私たち夫婦のところへ来てくれただけで、
本当に有難う、いつもそう思っています。
その一方で、上が男の子でしたので、
なんとなく、二人目妊娠待ちの期間、
次は、もし適うならば女の子を育てられたらいいなぁ、
そんな贅沢な気持ちもチョッピリ持っていたというのも、
本音だったような覚えがあります(笑)。
上の子が、乗り物や生き物、体を動かすことが大好きな
男の子らしい男の子に育っていましたので、
お絵かき、おままごとなどが好きな、
違うタイプの子も育ててみたい気もしていたのか、
あとは、わりと、サバサバ、社交的で
友人も多く、出歩く機会も多い私と違って、
私より年も上で多忙な夫の方は、
仕事もIT系、趣味も読書や機械いじりと言った
一人でこつこつとやるインドア系なものが多い人で、
引退後など、話し相手として、娘がいてくれたとしたら、
夫も寂しくないかな?!なんて
想像したりもしました(笑)。
なんとなく、我が夫、私よりも
長生きしそうな気がするんですよ(笑)。
と言うのはさておき、
流産が続いていた頃、
安胎や安産のことを調べていて、
ふと、”男女の産み分け”について、
妙に気になり出して、
他の方が書かれたブログなどを読んでいた時期もあったように思います。
本当に、そんなことが出来るのかな?
出来るのならば、皇室の方など試みられないのかな?
なんて、そんな好奇心からも調べていたのですが、
私自身は、人工的なものを使った産み分けや
病院での産み分けなどは、
そこまではいいかなぁ…という気持ちが大きく、
自分には合わないなと思い、試みませんでした。
赤ちゃんを産むことって、やはり、
嬉しい半面、不安も大きいものです。
神様の領域だとも思っています。
とりわけ、私自身は、
出産や妊娠で苦労していましたので、
何よりも、母子ともに健康で、
健やかな子を産みたい、
家族がもう一人増えたらいいな、
その願いが一番大きかったんだと思います。
ただ、元々、気になると調べてみたくなったり、
後で、試してみても良かったなと後悔したりしないように、
男女の産み分けのようなものに関しても、知ってしまった以上は、
色々と巷で言われていたり試みられている諸説などが
どの程度自分自身のケースにも当てはまるのか
当てはめてみようかな?、ほんの少しだけ、
無理のない程度で、自分に出来そうなことは試してみては?、
そういうことも、ぼんやり思う時もありました。
このように、
妊娠、出産に関して、私自身が感じたこと、経験したこと、
流産した際の反省、安産のために心がけたこと、試したこと、
そして、男女の産み分けに関して思ったこと、
自分に当てはまったかな?と思うようなことなどなどを、
あくまで私のケースとしてではありますが、
当時のことを思い出しながら、できるだけ正確に、
このブログに少しづつ、まとめてみようかなぁと思っています。
家族の健康オタクを自負する私が、
日頃、気を付けていること、
今、興味があったりハマっている品物、
試して本当に良かったこと、
今後勉強していきたいことなども、
備忘録と紹介を兼ねて、
書いていけたらなぁとも思っております。
同じ様な経験や興味を持たれた方に、
1つ、2つでもお役に立てる記事が書ければ、
嬉しいなとも感じています^^
I Hope You Will Keep Smiling Every Day and Night ♪